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2017年6月14日 (水)

両国界隈と6月14日の受信ログ

04:18 RRI Toli Toli ? on 1377kHz in Indonesian w/poor to vy poor. Female talk mainly. コーランにも似たようなメロディーも聞けました。
04:29 RRI Palagka Raya on 3325kHz in Indonesian w/fair to poor. Local pop tunes.
04:32 R.Oromiya on 6030kHz w/poor to fair. HOA music. 今朝はややジャミングが静かのような。
04:40 Voice of Hope Africa on 4965kHz in English w/poor.
04:45 RRI Ternate on 3344.87AkHz in Indonesian w/poor. Local pops. ノイジーな入感。
04:52 R.Hargeysa on 7120kHz w/poor to vy poor. OTH. 変調はかなり良好に乗っているのに残念です。
04:56 R.Algeienne on 12060kHz in French w/poor to fair. Male talk and local music.
05:06 R.Fana on 6110kHz w/poor to fair. Local music.
05:21 ZBC on 11735kHz w/poor. 信号はまあまあ強いですが音質がかなり壊れています。

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芥川龍之介は勿論小説家、中央区明石町の牛乳製造販売業を営む新原敏三、フクの長男として生まれた。姉が二人居ましたが長姉は6歳で龍之介が生まれる一年前に亡くなっている。母フクが精神に異常を来したため、実家の本所区小泉町、つまりこの地にあった母の実家に預けられ叔母フキに育てられた。

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文政6年、1823年に江戸本所亀沢町 (この地) で生まれ、父小吉の実家である男谷家で誕生した。

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丁度昼時に重なり、ランチタイムでした。買ってきた弁当に箸を付けるもの。お手製ランチボックスを開く者など。きっと勝さんも微笑ましく見ていると思いました。

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吉良邸跡です。吉良家の上屋敷で2550坪ありました。本所松坂町公園して残されています。

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赤穂事件は、18世紀初頭の元禄年間に、江戸城松之大廊下で吉良上野介(きらこうずけのすけ)に斬りつけたとして、播磨赤穂藩藩主の浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)が切腹に処せられた事件。さらにその後、亡き主君の浅野長矩に代わり、家臣の大石内蔵助以下47人が本所の吉良邸に討ち入り、吉田義央、小林央通、鳥居正次らを討った事件を指す。この事件は一般に「忠臣蔵」と呼ばれるが、この事件を基にした人形浄瑠璃・歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵」の通称だそうです。なお、浅野が吉良に斬りかかった理由は、史実としては不明。(Wikipediaより)

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領国駅の近くにある回向院です。

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本堂です。

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馬頭観音堂です。

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境内に居た猫です。たぶんご年配。

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これは狐でしょうか。

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観音堂の中です。

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国技館は以前はこの回向院の隣にあったようです。

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薩長同盟を仲介し、大政奉還を推進した近代日本の創設に尽力した坂本龍馬。有名な立ち姿のガラス湿板写真、愛用した刀、また、近江屋事件での血糊の付いた掛軸等々、魅力ある展示に一時間以上費やしました。(と言うか前が動かない)

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コメント

 芥川龍之介、勝海舟、吉良上野介、ねずみ小僧・・・。
 バリエーションに富んでます。まあ、ねずみ小僧はこの中では一線を画す人物という感がありますが、散策には非常に興味深い場所ですね。それにこの方々、うまい具合というか、何というか、その時代がそれぞれ重ならない。どんな時代だったのでしょうかね?彼等が生きた時代は。タイムマシンがありましたらチラッとは覗いてみたい気がします。
 そして管理人様の写真の中に回向院の建立由来の立て札がありますが、そこに書かれてある ”明暦の大火”。なんと十万人以上も亡くなられたと記されています。今では考えられないですね。江戸はそれだけの人口と、木造の家屋が密集していたということですか。
 また、回向院は人間供養だけではなく、動物も埋葬されたと記されてます。それが ”猫の恩返し”という逸話で生きてくるのですね。人だけに非ず、動物まで哀れみ供養する回向院の慈悲深さと。

嶋村様毎度です。
実を言うと私は歴史音痴なのです。大学受験は地理でした。
今も判らない事だらけですが、やはり偉人とあらば看過することはできません。
少しずつでも理解を深めようとしています。

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