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2016年6月 2日 (木)

6月2日の受信ログと漱石公園

04:40 R.Candip Bunia on 5066.39AkHz w/vy poor. 今朝はOTHも健在。

04:43 R.Biafra via Bulgaria ? on 11700kHz in  English w/poor to fair.
04:50 R.Romania Int. on 15450kHz in Spanish w/poor. 弱いです。
今日は東京は新宿区早稲田にある「漱石公園」に行って来ました。
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東京メトロ東西線の早稲田駅の近く、夏目坂通りを少し下った辺りに夏目漱石誕生の地の碑があります。

Img_0824
更に駅から徒歩10分のところには、漱石公園があります。ここには明治40(1907)年から大正5(1916)年、漱石が亡くなるまで過ごした「漱石山房」がありました。ここで漱石は、「三四郎」「それから」「こころ」といった代表作を執筆しました。面会者の多いので毎週木曜日午後をその日に当て、「木曜会」としました。

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漱石胸像の裏側です。草が生い茂り撮影し辛い位置になります。

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漱石公園の前景です。左側奥は工事中です。平成29年に新しく生まれ変わるようです。
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漱石終焉の地の説明書きです。左側の「猫塚」は、漱石没後遺族が家で飼っていた猫や犬、小鳥の供養塔で、昭和二十八年漱石の命日に復元されたもの。

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「道草庵」です。ひっそりと展示物がありました。
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漱石の見合い写真はいい感じですね。相手の鏡子さんは実際の奥様でした。
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書斎での漱石。このカメラは暗い所の撮影にはほんとに強い。
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道草庵の中のスナップです。確かにこれでは寂しい。漱石は名主・夏目小兵衛直克、千枝の末子(五男)として出生。3歳の頃に患った疱瘡は痕が残るほどになった。

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コメント

こんばんは。いつもお世話になっております。

漱石公園。存在は知っていましたが、拝見するのは初めてです。
ひっそりとという言葉が似合うような、地味な佇まいですね。
管理人様の仰るとおり、特に道草庵は寂しい。これが、あの文豪の?と言ってしまいそうです。

管理人様のお陰で、様々な名所や記念館、資料館を見て来たような疑似体験が出来ます。
そして他人様には行ったフリして、ちょっとした薀蓄を語れます。
また写真が綺麗で、これはちょっと羨ましい。

私事ですが、私の漱石のfavoriteは「こころ」です。
乃木大将の殉死にインスパイアされて執筆を始めたという作品ですが、
漱石の心情が今ひとつ理解りません。
後半の暗く陰鬱な心の描写は人間の性がよく書かれており、人によって好き嫌いが別れますが、
私は好きなところです。

嶋村様
いつもありがとうございます。漱石公園は起床して突如思い出して決めた行き先でした。
最後に読んでからかなりの時を経過してしまい、氏の小説の記憶はかなり薄れております。
でも私も「こころ」は好きな作品のひとつかもしれません。

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